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原稿校正について

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 5月17日(木)10時58分14秒
返信・引用 編集済
   この掲示板では PDFファイルが添付できないので、校正した原稿は図書館宛てに添付ファイル
で送信しました。

 なお、昨日「肥後藩」ではなくて「熊本藩」ではないかとの指摘がありましたので、これについて
以下お答えします。

 普通、熊本藩(くまもとはん)は、肥後国(熊本県)の球磨郡・天草郡を除く地域と豊後国(大分
県)の一部(鶴崎・佐賀関等)を領有した藩で肥後藩とも呼ばれると言ったような説明がなされま
す。

 ところが最近は、「肥後藩」説が有力になりつつあります。と、言いますのは、もともと熊本は、
大国「肥後国」と呼ばれています。日本で律令制が布かれた時代に、朝廷は中央集権体制を確立する
ことを目的とし、地方行政区画の一環として国力(課丁、管田、貢賦等の規模)により諸国を四等級
(大国 、上国、中国 、下国)に分け、行政上の決裁を行いました。

 ちなみに、大国は肥後国をはじめとして13国しかありませんでした。なお、中国地方という場合
の「中国」は、畿内からの距離による分類(近国、中国、遠国)の中国で、国力による区分けとは別
のものです。

 昔の人々は、そんな大国「肥後国」のことを「肥後は大国摩羅まで太か、高千穂女々じょじゃ受け
きれぬ」などと歌っています(笑)。この歌は、井上先生から直接教わりました。

 さて、この「肥後国」は、加藤氏や細川氏が熊本にやってきた後も呼ばれ続け明治維新までこの国
名は生きていました。一説に依れば「熊本藩」という名前が正式に使われたのは版籍奉還が行われた
明治2年6月17日からだと言います。ところが、明治4年7月14日には廃藩置県が行われ「熊本
県」となったので、「熊本藩」が使用されていた期間は、たった2年間だと言うのです。ちなみに、
「細川家」とは言いますが「細川藩」とは言いません。



http://

 
 

1ページ

 投稿者:ogami  投稿日:2012年 5月17日(木)05時53分9秒
返信・引用
  案です。


1ページ1行目

ずいぶん昔のお話です。
?
聞く?

1ページ2行目

私が小さかったころ、おじいさんに何度も何度も聞かされていた話です。
?
お布団のなかで、おじいさんに何度も何度も聞かされていたお話です。

1ページ5行目

誰か伝えておきたくてこの絵本を作りました。
??
誰かに伝えておきたくて、この絵本を作りました。

1ページ6行目

むかしむかしの江戸時代のこと。
?
むかしむかし、江戸時代のこと。

1ページ7行目

熊本が肥後藩とよばれていた頃のお話です。
?
熊本が肥後藩とよばれていたころの、お話です。

1ページ8行目

上益城郡の矢部手永の惣庄屋、布田保之助は、
?
矢部というところの惣庄屋、布田保之助様は、

1ページ9行目

道や井手をひらいたり、橋を架けたり、堤や堰を作ったりして、村人の
?
道路や水路を作り、橋を架け、池やセキを作って、村人の

1ページ後ろから2行目

※1 ?手永 …現代の町のこと 惣庄屋…手永の長(町長) ??井手…用水路
?
※1 ?手永 …村の集まり ?惣庄屋…手永の長(町長) ??



ちょっと気が遠くなりそうですが、どうにかしましょう

 

通潤橋物語 企画委員会

 投稿者:尾上一哉  投稿日:2012年 5月16日(水)21時28分41秒
返信・引用
  に変更します。この掲示板は。  

「本質を見抜く力」 読後感

 投稿者:尾上一哉  投稿日:2011年 4月 1日(金)08時43分29秒
返信・引用
    「私たち人類は、さまざまなイデオロギーに翻弄され、ことの本質を見間違っている」「確実に本質を見抜くためには、五感で捉えた『モノ』を基軸に考え、問題解決の道筋をつけなければならない」と著者は言う。

 東日本大震災により福島第一原発が事故を起こした今、誰もが原発反対だと強く思っている。しかし、やはり多面的には最も理想的なエネルギーだ、太陽からの贈り物だと、つまりはイデオロギーによって、いつの間にか原発反対の思いが薄れていく可能性がある。なぜなら、スリーマイル島やチェルノブイリの惨状と後遺症を、人類は充分に知っているからである。
 イデオロギーでは本質が見えず正しい結論を出せないのであれば、ここは資本主義社会に生きる人類に、モノの類である「カネ」で訴えることが必要なのだろう。
 福島第一原発による日本経済への影響を、被害総額、損害賠償も含め大枠で算出し、福島第一原発のこれまでに得た利益と比較して公表することが急がれる。
 無価値な営みの畏怖的な数値を前に、人類の眼から鱗がはがれるであろう。エネルギー問題解決の道筋はそれからしか、つけるべきではない。

 日本はこれから夏に向かうが、季節風は南から吹いてくる。放射性物質の完全な封じ込めができなければ、日本海側の各県、北海道さえも危険に曝される。風評被害はあなどれない。一次産業のすべてが成り立たず、ひいては人が住めなくなる可能性も出てくる。
 モノを基軸に確実に本質を見抜き、人類の歩むべき方向を指し示す叡智が、たった今、大きな潮流として打ち出されなければならない。
 

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